打ち手のない見える化は、悪なのか?

打ち手のない見える化は、悪なのか?

打ち手のない見える化は、悪なのか?

今朝は、とある工場に潜入し、LoRaWANを使った簡単なデモシステムを構築してきました。これから、そのデータの見える化・可視化を進める段階です。


この「見える化・可視化」は、IoT には必ず付いてくる話題です。最近、これまで関わりがほとんどなかったような業界の方々とお話しすることがあり、”見える化・可視化”について改めて考えさせられることがあったので、そのことについて少し触れてみたいと思います。ただし、答えのない旅です。




現在の日本は、様々な点で、非常に厳しい状況に追い込まれているように感じます。


身近なことでいえば、物価の高騰、弱くなり続ける日本円、生産労働人口の減少などでしょうか?

これらが要因となり、ビジネス環境においても、これまであまり問題視されなかったようなことも課題になっています。


これまでに接点のなかった業界の方々と意見交換すると、知らなかった現場の問題に出会います。例えば…


- (工場などの)電気代がやばいよね。
- 建設資材が、それなりの対策してても、フツーに盗まれるのよね。

これらの問題に対して、IT/IoT/AI でどうにかできないのか?という話になるのですが。



しかしよく考えると、すぐに本質的な問題にぶち当たります。


電気代の使用量を計測してリアルタイムでわかるようにしたところで・・・

人検知して、サイレン鳴らすなり、映像をリアルタイムで飛ばしたところで・・・

そもそも、相手もプロだから、全ての対策をダメにしてから実行するし・・・

すぐにわかっちゃうと、対策不足とか逆に責められて、面倒なんだよな・・・

要するに、

打ち手のない見える化・可視化は、不要ではないか?

こんなツブヤキが、すぐに脳裏をよぎるわけです。可視化したところで、それ以上どうしようもない。打ち手のない IoTを提案すること自体が悪のように感じるわけです。


この辺り、皆さんがどのようにお考えなのか、色々知りたいなぁと改めて思う今日この頃です。